Wattly
コラム一覧へ

2026-07-03技術・しくみ系

アリの巣の3割は、何もしていない

電力系統インフラ冗長性再エネ

アリの巣を観察すると、全員が忙しそうに動いているように見える。

でも実際に計測すると、巣の中のアリの約2〜3割は、何もしていない。歩き回りもしない。食料を運びもしない。ただ、いる。

北海道大学の長谷川英祐教授のチームが2016年に発表した研究は、この「働かないアリ」の役割を明らかにした。働かないアリを巣から除去すると、短期的にはコロニーの効率が上がる。しかし中長期的には、コロニーの耐久性が下がり、崩壊リスクが上がった。

つまり「何もしていないアリ」は、何もしていないのではなく、「いざという時のために控えている」のだ。

効率と耐久性は、トレードオフになる

なぜ働かないアリが必要なのか。

アリの巣では、働きアリが疲労したり死んだりすると、仕事が滞る。このとき「控えていた」アリが動き出し、穴を埋める。もし全員がフル稼働していたら、誰かが倒れた瞬間に代わりがいない。

ここに、効率と耐久性のトレードオフがある。

「全員が100%働いている状態」は、最も効率的に見えるが、最も脆い。誰か一人が抜けたら全体が崩れる。一方「3割が控えている状態」は、一見非効率だが、どこかに問題が起きたときに対応できる余力がある。

この構造は、アリの巣だけのものではない。

病院のICUが「空いている」理由

病院の集中治療室(ICU)は、常に満床ではない。むしろ「空きベッドがある」状態が正常とされている。

ICUの稼働率が90%を超えると、新たな重症患者を受け入れられなくなるリスクが急激に上がる。だから多くの病院は、ICUの稼働率を70〜80%に保つことを目標にしている。

20〜30%の空きベッド。これは「無駄」ではなく「バッファ」だ。

COVID-19のパンデミック初期に何が起きたかを思い出してほしい。ICUの空きが一気になくなり、重症患者が入院できない「医療崩壊」が現実になった。普段は「空きすぎ」に見えたICUのベッドが、実は緊急時の生命線だった。

アリの「働かない3割」と、ICUの「空きベッド」は、同じ機能を果たしている——平時には無駄に見え、有事には不可欠になる余力だ。

Googleのサーバーが「余っている」設計

テクノロジーの世界でも、同じ原理が働いている。

Googleのデータセンターは、サーバーの稼働率を意図的に100%にしない。通常時の目標稼働率は概ね50〜60%とされている。残りの40〜50%は「使っていない」のではなく、「急激なトラフィック増加に備えている」のだ。

もし全サーバーをフル稼働させていたら、ある日突然ニュースが世界中で話題になり、検索量が3倍に跳ね上がったとき、Googleは落ちる。

Amazonのクラウドサービス(AWS)が「使った分だけ課金」のビジネスモデルを成立させられるのも、裏側に膨大な「使われていない」サーバーがあるからだ。

「余裕」を数字で見ると不安になる

面白いのは、この「余力」を数字として見せられると、人は不安になることだ。

「ICUの稼働率70%」と聞くと「30%も空いているのか、もったいない」と感じる。「サーバー稼働率50%」と聞くと「半分遊んでるのか」と感じる。「アリの3割が働いていない」と聞くと「サボっている」と感じる。

数字は、余力を「非効率」に見せる力がある。

でも、余力がゼロの状態を想像してみてほしい。ICU稼働率100%の病院。サーバー稼働率100%のクラウド。全員がフル稼働のアリの巣。どれも「次の一撃」で崩壊する状態だ。

2022年に30社以上の新電力が撤退・倒産した。その中には、コスト効率を極限まで高めた結果、燃料価格の高騰という「次の一撃」に耐えられなかった会社がある。余力を削って効率を上げた代償だった。

冗長性は「贅沢」ではなく「生存戦略」

生物学では、この「予備の余力」を「冗長性(リダンダンシー)」と呼ぶ。

人間の体にも冗長性がある。腎臓は2つあるが、1つでも生きられる。肺も2つある。脳の一部が損傷しても、別の部位が機能を代替することがある(脳の可塑性)。

これらの「2つ目」は、普段は使われていない。でも存在するから、片方が壊れても生き残れる。

進化の過程で、冗長性を持たなかった生物は淘汰された。すべてのリソースを「今」に全振りする種は、環境が変わった瞬間に滅ぶ。

逆に言えば、今生き残っている生物は、すべて何らかの「無駄」を抱えている。その「無駄」が生存の条件だったのだ。

電力系統における「働かないアリ」

日本の電力系統にも「働かないアリ」がいる。

揚水発電所という施設がある。夜間の余剰電力で水を高い場所に汲み上げ、電力が足りなくなった時に水を落として発電する。年間の稼働時間は非常に短い。ほとんどの時間は「待っている」だけだ。

維持にはコストがかかる。ダムの管理、設備の保守。稼働していない時間もコストは発生し続ける。

しかし2022年の電力ひっ迫時、揚水発電は最後の砦として機能した。普段は「使われていない」この設備がなかったら、首都圏は停電していた可能性がある。

日本の電力系統は「停電は事故」という前提で設計されている。その前提を維持するために、大量の「働かないアリ」が必要なのだ。

あなたの組織に「働かないアリ」はいるか

アリの巣の研究が示しているのは、「全員が忙しい組織」は脆い、ということだ。

これは組織だけの話ではない。個人の時間管理にも当てはまる。スケジュールを100%埋めている人は、予想外の出来事に対応できない。「何も入っていない時間」が、急なトラブルや新しい機会に対応する余力になる。

余力を「サボり」と呼ぶ文化がある。でも長谷川教授のアリの研究は、それが生存に不可欠な戦略であることを示している。

何もしていないように見える存在が、全体を支えている。それは組織でも、電力系統でも、アリの巣でも変わらない。


Wattlyは、電力の仕組みを独自の視点で解説するメディアです。電力に関する疑問・乗り換えの相談はこちらから。

コメント

読み込み中...