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2026-08-31 ・ 暮らし・行動系

「とりあえずビール」は、思考停止ではない

行動経済学電力自由化電力会社選び乗り換え

居酒屋に座って、まず「とりあえずビール」と頼む。

これを「メニューを読むのが面倒な思考停止」だと笑う人がいる。だが、行動経済学の視点から見ると、これはむしろ合理的な判断だ。

心理学者バリー・シュワルツは、選択肢が多すぎると人はかえって選べなくなり、選んだあとの満足度まで下がると指摘した。「選択のパラドックス」と呼ばれる現象だ。

24種類のジャムは、6種類のジャムに負ける

有名な実験がある。スーパーの試食コーナーで、あるときは24種類のジャムを並べ、あるときは6種類だけ並べた。

24種類のときは、多くの客が立ち止まった。だが実際に買った人はわずかだった。6種類のときは、立ち止まる人は少なかったが、買った人の割合は前者の何倍も高かった。

選択肢が多いと、人は「見る」けれど「選べない」。選ぶには全部を比較しなければならず、その労力が重すぎて、結局「選ばない」を選ぶ。さらに、多くの中から選んだ場合、「もっと良いものがあったのでは」という後悔がつきまとい、満足度が下がる。

「とりあえずビール」は、この罠を回避している。膨大な選択肢を前にして、検討コストをゼロにする定番を持っておく。それは怠慢ではなく、認知資源の節約戦略だ。

電力自由化で「選べる」のに、選ばない

この構造は、電力自由化後の私たちの行動を、よく説明する。

電力自由化で、消費者は電力会社を自由に選べるようになった。数多くの会社が、多様な料金プランを用意している。理屈の上では、自分に最も合うプランを選べる。

ところが実際には、多くの家庭が一度も切り替えていない。これを「面倒くさがり」「情報弱者」と片づけるのは、ジャムを買わなかった客を「優柔不断」と笑うのと同じだ。

電力プランの比較は、ジャム選びよりずっと重い。基本料金、従量料金の段階、燃料費調整、契約期間、解約条件——変数が多く、しかも将来の使用量を予測しなければ正しく比較できない。選択肢が多く、比較が難しく、間違えたときのコストも読めない。これだけ条件がそろえば、「いまのままにしておく」が合理的な省力策になるのは当然だ。

「選ばない」は、判断の放棄ではなく、認知コストに対する一つの判断なのだ。

「選ばない合理性」の盲点

ただし、ビールと電力には決定的な違いがある。

ビールは、選び直さなくても大きく損はしない。定番を頼み続けても、失うのはせいぜい「もっと美味しい一杯」の機会くらいだ。

電力は違う。「選ばない」を続けるあいだ、毎月の請求書に差が積み上がっていく。とくに夏のように使用量が大きい時期は、単価のわずかな違いが金額として大きく表れる。ビールの定番は安く済むが、電力の「定番(いまのまま)」は、知らないうちに高くついていることがある。

つまり「選ばない合理性」が成立するのは、選び直しのコストが、選ばないことの損失より大きいときだけだ。電力では、この大小関係が逆転していることがある。比較は面倒だが、その面倒を一度乗り越えれば、損失は毎月止まる。

「一度だけ」のコストに変える

選択のパラドックスから抜ける方法は、選択肢を減らすことだ。24種類を6種類に絞れば、人は選べるようになる。

電力プランも同じで、最初から全社を比較しようとすると、ジャム24種類の前で固まる。自分の使い方——使用量の多い時間帯、月々のおおよそのkWh——という軸を一つ決めてから絞り込めば、候補はぐっと減る。「隣の列が速い」と感じる比較の非対称を避けるためにも、同じ条件で数社だけを並べるのが現実的だ。

検討コストは、一度払えば終わる。一方、選ばないことのコストは、毎月かかり続ける。「とりあえずビール」は賢い。だが電力の「とりあえずいまのまま」は、ビールほど安くないかもしれない。

その一度きりのコストを払う価値があるかどうかは、夏の請求書を見てから判断しても遅くない。


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