2026-07-13 ・ 技術・しくみ系
図書館の本は、借りられていない時間の方が長い
図書館に行くたびに、同じ光景を見る。棚にぎっしり並んだ本。その大半に、手が伸びている気配がない。
実際、日本の公共図書館の蔵書の多くは年間貸出回数がゼロだ。全蔵書のうち、1年に1度も借りられない本が半数を超える図書館は珍しくない。
これを「無駄」と呼ぶ人がいる。「誰も借りない本に税金を使うのか」という議論は、定期的に持ち上がる。
でも少し待ってほしい。「借りられていない時間が長い」ことと「なくてもいい」ことは、同じだろうか。
「待っている時間」に価値がある構造
図書館の本の価値は、「読まれている時間」ではなく「いつでも読める状態にある時間」にある。
読みたいと思ったときに、その本が棚にある。この「いつでもアクセスできる」という信頼が、図書館の本質的な機能だ。借りられている本よりも、棚にいる本の方がこの機能を果たしている、という逆説がある。
この構造は図書館だけのものではない。
ホテルの客室稼働率は、世界平均で60〜70%だ。常に3〜4割の部屋が空いている。消防署の出動率はもっと低い。消防車は年間8,760時間のうち、実際に出動しているのは数十時間だ。残りの8,700時間以上は「待っている」。
「使われていない時間」が圧倒的に長いのに、存在しなければ困る——こういうものを「インフラ」と呼ぶ。
図書館は発電所に似ている
日本の発電所も、実はほとんどの時間を「待って」いる。
電力の需要は1日の中で大きく変動する。朝6時から9時にかけて急激に上がり、昼過ぎにピークを迎え、深夜に底を打つ。この変動に対応するために、ピーク時にだけ動く発電所が存在する。「ピーク電源」と呼ばれるこれらの発電所は、年間の稼働率が10〜20%というものもある。
8,760時間のうち、1,000時間しか動かない発電所。これは「無駄」だろうか。
答えは、図書館の本と同じだ。「使われていない」のではなく、「いつでも使える状態を維持している」。その維持にコストがかかっている。
電力系統の「予備率」という概念がある。実際の需要に対して、供給能力をどれだけ余分に確保しているかの割合だ。日本では安定供給の目安として予備率3%以上が求められている。これは「常に余らせておく」という設計思想の表れだ。
「利用率が低い」ことは問題か
ここで問いを立て直す。「利用率が低い = 非効率 = 改善すべき」という等式は、いつも成り立つのか。
コンビニの棚を思い出してほしい。1日に1個しか売れない商品が、棚に5個並んでいる。1日の終わりに見ると、4個は「売れなかった」在庫だ。でもその4個がなかったら、午前中に来た客は「品切れ」に遭遇していたかもしれない。
在庫管理の世界では「サービス率(フィルレート)」という指標がある。「客が来たとき、商品がある確率」だ。サービス率を95%にするには、平均需要の数倍の在庫が必要になる。99%にしたければ、さらに在庫を積む。
つまり、「大量に余っている」状態こそが「いつでも手に入る」を可能にしている。図書館の棚も、発電所の予備率も、コンビニの在庫も、構造は同じだ。
「ちょうどいい」は事後的にしかわからない
効率を追求すると、「ちょうどいい量」を目指したくなる。余らせず、不足させず。
しかし「ちょうどいい量」は、結果論でしか判定できない。需要は予測できても確定はできない。図書館で言えば、「来月どの本が借りられるか」は誰にもわからない。だから「借りられる可能性がある本」を広く揃えておく。
電力系統もまったく同じ問題を抱えている。電力のピーク需要は予測と実際が常にズレる。猛暑日にエアコンが一斉に動けば、予測を超えた電力が必要になる。
その「予測を超えた瞬間」に対応するための余力を、平時から持っておく。使われないまま終わる日がほとんどだとしても、必要になった瞬間に存在しなければ取り返しがつかない。
余力を「無駄」と呼ぶ社会の危うさ
2022年3月、東北で大きな地震が起きた後、東京電力管内で電力需給がひっ迫し、政府が「電力需給ひっ迫警報」を出した。あの時、ギリギリで停電を回避できたのは、普段は「遊んでいる」はずの予備電源が動いたからだ。
もし「利用率が低い発電所は無駄だから廃止しよう」という判断を事前にしていたら、あの日は大規模停電になっていた。
余力を持つことにはコストがかかる。でも余力を失うことのコストは、失ってからしか見えない。
「使われていないこと」の意味を読み替える
図書館の棚に並ぶ本を見て「無駄だ」と感じるか、「いつでも借りられる状態が維持されている」と感じるか。同じ光景でも、見方によって意味がまったく変わる。
発電所が止まっている時間を「稼働率が低い」と見るか、「いつでも動ける状態で待機している」と見るか。
消防車がガレージにいる時間を「仕事をしていない」と見るか、「出動に備えている」と見るか。
使われていないことは、存在しなくていいことではない。むしろ、使われていない状態こそが、その存在の主な仕事である場合がある。
次に図書館に行ったとき、棚に並ぶ読まれていない本を眺めてみてほしい。あの本たちは「待っている」のだ——あなたが手を伸ばすかもしれない、その瞬間のために。
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