2026-06-13 ・ 社会・構造系
パリの道路より先に、下水道が設計された
19世紀のパリを近代都市に作り変えたオスマンの都市改造を知っている人は多い。
凱旋門から放射状に伸びる大通り。整然と並ぶアパルトマン。美しい並木道。これらは今もパリを象徴する景観だ。
でもオスマンが最初に手をつけたのは、道路でも建物でもなかった。下水道だ。
工事の順序は、地下から始まった。上下水道の配管が先に引かれ、その後で道路が舗装され、建物が建てられた。「見える部分」より「見えない部分」が先に設計された。
理由はシンプルだ。下水道は後から変えられない。道路は舗装し直せるが、地下のインフラを変えようとすると、道路を全部剥がすことになる。変更できないものを先に決めることが、都市設計の原則だった。
電力自由化の「見えない部分」
2016年、日本で電力小売りが全面自由化された。
「電力会社を自由に選べるようになった」という話は広く知られている。新電力が参入し、料金プランの選択肢が増えた。消費者にとっては「選べる」状態が生まれた。
でも自由化の「見えない部分」が、自由化を最も難しくした課題だった。
それが「送配電分離」だ。
発電した電気を家庭に届けるには、送配電網を通る必要がある。この網は、長年大手電力会社が所有・管理してきた。新電力が参入しても、電気を届けるためには既存の送配電網を借りなければならない。
「電力会社を選べる」状態を作るには、「送配電網を全社が平等に使える」状態が必要だった。この「網の中立性」の確保が、自由化の裏側で最も難しい問題だった。
パリの道路より下水道が先というように、見えない部分の設計が全体を規定する。
「繋ぐ」インフラが「遮断する」障壁になる
橋は渡るために作られた。でも中世ヨーロッパの橋は、通行税を徴収する装置でもあった。「繋ぐ」ために作ったものが、「遮断する」ために機能した。
送配電網も同様だ。電気を届けるためのインフラは、同時に「新規参入の障壁」として機能した。大手電力が送配電網を所有している状態では、競合に同等の条件でネットワークを提供することへのインセンティブが働きにくい。
これが、電力自由化が「簡単には進まない」理由の一つだ。インフラの構造が、競争の構造を規定している。
消費者から見えない「接続コスト」
新電力として電力を供給するには、送配電会社に「託送料金」を支払う必要がある。この料金は電気料金の原価に含まれる。
消費者が「新電力の電気代が大手より安い」と感じるとき、その差額には複数の要因が混在している。発電コストの差、販管費の差、そして大手電力の「小売部門」が持たない制約の差。
新電力が2016年〜2022年に多数撤退した背景には、燃料価格の高騰とともに、このインフラコストの構造がある。独自の発電設備を持たない新電力は、電力を市場から調達する必要があり、市場価格が急騰したとき、托送料金+市場調達価格が小売価格を上回る逆ざやが生じた。
見える部分より先に、見えない部分を見る
電力会社を乗り換えるとき、多くの人が目にするのは「月額料金がいくら安くなるか」だ。
でも料金の裏側には、発電方法・市場調達比率・財務安定性が隠れている。2022年の撤退ラッシュで「突然解約になった」新電力契約者の多くは、「なぜ急に解約になるのか」を理解するまでに時間がかかった。
「見えない部分の設計」を知ることは、電力会社を選ぶときのリスク評価に直結する。
パリの観光客は下水道を意識しない。でも下水道がなければ、パリは今のパリではなかった。
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