2026-06-23 ・ 技術・しくみ系
ピアノのチューニングは、わざとズラしている
ピアノを調律したことがある人はわかるかもしれない。調律師が来て、各鍵盤の音を合わせていく。完璧な音程に調整してくれる——と思いきや、実は少しずつズラしている。
これは「平均律」と呼ばれる調律法だ。
純粋に物理的に「完璧な音程」(純正律)で全ての鍵盤を合わせると、ある調では完全なハーモニーが生まれる。でも別の調に移ると、ひどく外れた音になる。
平均律は、全ての音程をわずかにズラすことで、「どの調でもまあまあ合っている」状態を作る。完璧なハーモニーを犠牲にして、汎用性を取る。12の調全てで「使える」状態にするために、全ての音が少しだけ「完璧ではない」状態になる。
これが妥協ではなく、意図的な設計だ。
電力系統の「50Hz」は完璧ではない
日本の電力系統は、東日本50Hz、西日本60Hzで維持されている。
でもこの50Hz・60Hzは、常に完璧な一定値ではない。発電量と消費量が常に変動するため、系統全体の周波数も微妙に揺れている。
電力会社・送電会社は、この周波数を「許容範囲内」に保つために常に調整し続けている。火力発電機の出力を微調整し、需給バランスを保つ。
「完璧な50.000Hz」を維持しようとすると、どこか一箇所が乱れただけで全体が過剰反応する。少しの変動を「許容範囲」として受け入れることで、全体の安定が保てる。
平均律のピアノが「完璧な音程より汎用性」を選んだように、電力系統は「完璧な周波数より安定した継続性」を選んでいる。
許容範囲が「安定」を作る
許容範囲を持つことへの直感的な抵抗感がある。「完璧じゃないのか」「もっと正確にできないのか」という感覚だ。
でも「完璧」を追い求めると、許容範囲がなくなる。許容範囲がなくなると、少しの変動も「エラー」になる。エラーへの対応が増えると、システム全体が不安定になる。
「ちょうどいい妥協」が、大きな系統を安定させる。
これは電力系統に限らない。
橋の設計にも「たわみ」の余地がある。完全に剛体の橋は、負荷の変動に対して柔軟性がなく、むしろ壊れやすい。適切な弾力性が強度を作る。
「安定している」の意味
「電力系統が安定している」というとき、それは「常に一定」ではなく「許容範囲内で変動し続けながら均衡している」を意味する。
安定は静止ではない。動的な均衡だ。
太陽光・風力発電の増加に伴い、この「動的な均衡」を保つことの難易度が上がっている。太陽光の発電量は天候で変動し、風力は風の強さで変わる。この変動を系統全体で吸収する仕組み(蓄電池、揚水発電、デマンドレスポンス)の整備が、再エネ拡大と同時に進められている理由がここにある。
「再エネが増えると不安定になる」という言い方をされることがあるが、正確には「変動が増えるため、動的均衡を保つ技術の需要が増える」だ。
調律師が平均律でピアノを調整するように、系統のエンジニアが毎日やっているのは「完璧を目指す」ことではなく「使える状態を維持する」ことだ。
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