2026-04-15 ・ 電力の基礎知識
潜水艦の中では、誰も窓の外を見ない――「再エネ100%」の電気が石炭から来る理由
9月の電気代明細が届いた。プランの名前を確認する。「再エネ100%」という文字が入っている。少し高い料金を払ってでも選んだプランだ。
でも、今コンセントから流れてきている電気が「どこから来たか」を、自分は本当に知っているだろうか。
潜水艦の乗組員は「外」を見えない
潜水艦は深海を走る。乗組員に直接外の世界は見えない。海水の温度も、魚の群れも、敵の艦船も――すべて計器を通じてしか知れない。
計器を信じて行動する。それ以外に選択肢がない。
電気も同じだ。コンセントに差した瞬間、その電気がどこで作られたか、どんな燃料を使ったか、誰が管理したかを、消費者は直接確かめる手段を持たない。
電力ネットワークは日本全体で一つにつながっている。太陽光パネルが発電した電気も、石炭火力が発電した電気も、送電線に入った瞬間に混ざり合う。「この電気はあなたの太陽光から来ました」と区別できる仕組みは、物理的に存在しない。
「再エネ100%プラン」の実態
では「再エネ100%プラン」とは何か。
仕組みを正確に言うと、電力会社が消費者に届ける電気の量と同じだけの「非化石証書」を購入することで、「実質再エネ100%」と表示できる制度だ。
非化石証書とは、再エネ発電所が発電した際に「環境価値」だけを切り出して売買できる証書のこと。太陽光発電所が1,000kWh発電すると、電気とは別に「この1,000kWhは再エネで作られた」という証書が発行される。電力会社はこの証書を買い集め、消費者に届けた電気量と帳簿上で一致させる。
届く電気は変わらない。変わるのは「書類上の出自」だけだ。
これは嘘をついているわけではない。制度として正式に認められたやり方だ。だが「コンセントから流れてくる電気が再生可能エネルギーで作られている」という感覚とは、ずれがある。
信頼はどこに根拠を持つか
食品の産地表示を思い出してほしい。スーパーの鮮魚コーナーで「三陸産」と書かれたサンマを手に取る。本当に三陸で獲れたかどうか、消費者は直接確かめない。産地の管理体制、流通の記録、店舗の信頼――これらが積み重なって「三陸産」という表示に信頼を置く。
電力も同じ構造だ。「再エネ100%」という表示を信じる根拠は、非化石証書制度の透明性と、電力会社の申告の正確さと、それを監督する第三者機関の存在だ。
届いた電気に「どこから来たか」は書いていない。信頼は表示の上に成り立っている。
「気づかれなさ」が前提のインフラ
電力インフラの特殊性は、正常に機能しているときに一切存在を意識されないことにある。
電球が切れたとき、電気の存在を初めて思い出すように――いや、停電が起きて初めて「電気とは何か」を考える人の方が多い。
日本の年間停電時間は世界最短水準(都市部で年間数分〜十数分)だ。これだけ信頼性が高いと、電力の「出自」を考える動機が生まれにくい。
「どこから来た電気かわからなくても、コンセントに差せば動く」――この当たり前が、電力システムの複雑な構造を消費者の視野の外に置き続けている。
金融商品の「目論見書」と同じ問い
電力会社は実質的に金融業に近いという見方がある。燃料費リスクをさや抜きする構造は、金融商品と同じロジックで動いている。
金融商品には目論見書がある。「この商品がどんなリスクを持ち、実際に何に投資されているか」を開示する義務がある。それでも、多くの消費者は目論見書を読まない。読む必要がないほど信頼が担保されているか、読んでも理解できないほど複雑かのどちらかだ。
電力の「再エネ表示」も同じ問いに直面している。
表示の根拠となる仕組み(非化石証書制度)を理解している消費者はほとんどいない。理解していなくても選べるように設計されている、とも言える。だが「何を信頼して選んでいるか」を自覚していないと、制度が変わったとき・企業が不正をしたときに対応できない。
「再エネを選ぶ」の意味をどう理解するか
では、再エネプランを選ぶことに意味はないのか。
そうは言っていない。
非化石証書の購入には市場価格がある。再エネ電力会社が証書を買い集めることで、再エネ発電所の収益が上がる。収益が上がれば、新しい再エネ設備への投資が促進される。「お金の流れを再エネ側に向ける」という効果は、たしかに存在する。
ただそれは「コンセントから再エネ電気が流れてくる」という直接的な話ではなく、「再エネへの資金供給を支援する」という間接的な話だ。
どちらが「正しい理解か」――潜水艦の乗組員が計器を読むように、自分がどの指標を根拠にしているかを把握した上で判断するのが合理的だ。
まとめ
- 電力は送電線の中で混ざるため「再エネの電気だけを届ける」のは物理的に不可能
- 「再エネ100%プラン」は非化石証書の購入により「実質再エネ」と表示される制度
- 届いた電気に出自は書かれていない――信頼は制度と表示の上に成り立っている
- 再エネプランを選ぶことに効果がないわけではないが、「直接再エネを使う」のとは意味が異なる
電気を選ぶとき、私たちは計器を読んでいる。その計器が何を測っているか――それを知った上で選ぶのと、知らずに選ぶのは、同じ選択でも別の行為だと思う。
再エネ証書の仕組みや、各電力会社の再エネ比率については、各社の開示資料や資源エネルギー庁の非化石証書制度説明ページを参照してください。