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2026-07-27暮らし・行動系

タクシー運転手は、雨の日に早く帰る

行動経済学電気料金電力自由化意思決定

ニューヨークでタクシーを拾うなら、晴れた日の方がいい。

雨の日はタクシーがつかまりにくい。当然だ、雨の日は客が多いから——と、ほとんどの人はそう思う。

しかし1997年、経済学者のコリン・キャメラーらが発表した研究は、別の説明を提示した。雨の日にタクシーがつかまりにくい理由は、客が多いからだけではない。運転手が早く帰るからだ。

雨の日は客が多い。客が多いから回転が早い。回転が早いから、運転手はいつもより短い時間で「今日の目標金額」に達する。目標に達したから、帰る。

稼げる日に早く帰り、稼げない日に長く走る。直感的には真逆の行動だ。しかし多くの運転手が、このパターンに従っていた。

「目標所得仮説」という非合理

キャメラーらがこの現象を説明するために使ったのが「目標所得仮説(target income hypothesis)」だ。

合理的に考えれば、時給が高い日(雨の日)に長く働き、時給が低い日(晴れの日)に早く切り上げるべきだ。そうすれば、同じ労働時間でも稼ぎは最大になる。

しかし実際の運転手の多くは、「1日の目標金額」を頭の中に設定していた。「今日は4万円稼いだら終わり」。雨の日は3時間で4万円に達する。晴れの日は8時間かかる。結果として、雨の日は3時間で帰り、晴れの日は8時間走る。

「目標に達したから終了」は、一見すると合理的に聞こえる。毎日同じ金額を稼いでいるのだから安定しているではないか。

しかし「同じ5時間」を雨の日に追加で働いていれば、トータルの月収は大幅に上がる。逆に晴れの日の追加3時間は、雨の日に比べて時給が低い。時給の高い時間を捨てて、時給の低い時間を追加している。

これは「損失回避」と「メンタルアカウンティング」の合わせ技だ。人は1日単位で帳尻を合わせたがる。「今日はまだ目標に届いていない」という「不足感」が嫌で、目標に達するまで走る。逆に「今日はもう目標に達した」という「達成感」で、もっと稼げる時間を手放す。

「いつやるか」は「何をやるか」と同じくらい重要

タクシー運転手の話は、「行動の内容」ではなく「行動のタイミング」が結果を大きく左右する例だ。

同じ「タクシーを運転する」という行動でも、雨の日にやるか晴れの日にやるかで、1時間あたりの収入が2倍以上違う。行動は同じ。タイミングだけが違う。しかし結果は大きく異なる。

電気の使い方にも、同じ構造がある。

電力市場の価格は時間帯によって大きく変動する。JEPX(日本卸電力取引所)のスポット価格を見ると、早朝5時と夏の午後2時では、kWhあたりの価格が10倍以上違うことがある。

「同じ電力を使う」行動でも、安い時間帯にやるか高い時間帯にやるかで、コストがまったく違う。洗濯機を午後2時に回すか、夜11時に回すか。同じ洗濯。同じ水量。同じ電力量。しかし電気代は違う。

「固定料金」が隠しているもの

ただし、日本のほとんどの家庭向け電力プランは、時間帯によって料金が変わらない「固定単価」だ。1kWhあたりの単価が、朝も夜も同じ。

これが意味するのは、「タイミングの違い」が消費者に見えないということだ。

電力会社の仕入れ値は時間帯によって大きく変動している。しかし消費者への売値は一定。つまり電力会社がタイミングのリスクを吸収し、消費者に「いつ使っても同じ値段」という安心感を提供している。

固定料金プランは一種の保険商品だ。「市場価格が急騰しても、あなたの料金は変わりません」という保険。その保険料は、基本料金や単価の中にあらかじめ組み込まれている。

タクシー運転手が「今日は1日いくら」で判断しているように、消費者も「今月の電気代がいくら」で判断している。時間帯別のコスト差は見えない。見えないから、行動を変える動機が生まれない。

メンタルアカウンティングの罠

行動経済学の「メンタルアカウンティング(心の会計)」は、人が金銭を全体で管理するのではなく、カテゴリごとに別々の「口座」で管理する傾向を指す。

「食費」「交通費」「娯楽費」。カテゴリごとに予算を設定し、カテゴリ内で帳尻を合わせる。

電気代も同じだ。多くの家庭で「電気代は月○万円くらい」という暗黙の予算がある。この予算を超えると「使いすぎた」と感じ、下回ると「節約できた」と感じる。

しかしこの「月○万円」という基準は、合理的に設定されたものではない。過去数ヶ月の平均か、なんとなくの感覚か。そしてこの基準を超えた月に焦って節電し、下回った月に安心して使う。

タクシー運転手が「目標金額に達したから帰る」のと同じだ。「今月は予算内に収まったから、もう節電しなくていい」。しかし実際には、その月の電気代が安かったのは気温のおかげかもしれない。来月同じように使えば予算を超えるかもしれない。

雨の日に走り続ける人が勝つのか

タクシー運転手の話に戻ろう。

キャメラーらの研究は、「目標所得」で行動する運転手が非合理的であることを示した。しかし後続の研究では、経験豊富な運転手ほど「目標所得」の傾向が弱く、「稼げる日に長く走る」合理的な行動をとる割合が高いことも報告されている。

つまり、非合理な行動は修正可能だ。ただし、修正には「自分の行動パターンに気づく」ことが前提になる。

電気代でも同じだ。「安い月に安心して使い、高い月に焦って節電する」パターンに気づければ、もっと一貫した使い方ができるかもしれない。「時間帯による電気代の差」を知れば、タイミングを意識した使い方ができるかもしれない。

でも気づくだけでは変わらないのも事実だ。タクシー運転手も「雨の日に長く走った方が得だ」と頭では分かっていても、目標金額に達した瞬間に「もう十分だ」という感覚が勝つ。人間の判断は、知識だけでは動かない。感覚と仕組みの両方が揃って、初めて行動が変わる。

雨の日のタクシーがつかまりにくいのは、乗りたい人が多いからだけではない。降ろしたい人も多いからだ。


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