2026-04-17 ・ 電力の基礎知識
翻訳家は、元の文章を「壊す」ことで意味を伝える
翻訳家は、原文に忠実であろうとするほど失敗する。
「直訳」と「意味の伝達」は、しばしば対立する。日本語の「よろしくお願いします」を英語に直訳すると意味をなさない。「I humbly request your favorable consideration」では、受け取った側は何を頼まれているのか分からない。意味を届けるためには、元の構造をいちど壊して、受け取る側の言語の論理で組み直す必要がある。
翻訳とは、裏切りの技術だ。
電気料金が「説明できない」理由
毎月届く電気料金の請求書を、誰かに説明できる人はどれくらいいるだろうか。
基本料金、電力量料金、燃料費調整額、再エネ賦課金。それぞれに単価があり、使用量に応じた従量制があり、調整係数がかかり、消費税が乗る。計算式を追えば数値は出るが、「なぜこの構造なのか」が分かる人は少ない。
これは翻訳の問題に似ている。でも少し違う。
翻訳の失敗は「意味が届かない」という結果をもたらす。電気料金の複雑さは「比較をやめさせる」という機能を果たすことがある。
複雑さが生む「選択疲れ」
電力自由化以降、消費者は電力会社を選べるようになった。ところが乗り換え率は思ったほど上がっていない。
理由のひとつは、比較の難しさだ。A社の料金とB社の料金を単純に比べようとしても、料金体系が違いすぎて並べられない。基本料金ゼロで従量単価が高い会社と、基本料金ありで従量単価が安い会社を、どう比べればいいのか。使用量によって逆転する損益分岐点を、自分で計算しなければならない。
考えるのをやめて、現状維持を選ぶ。これは合理的な判断だ。
携帯電話プランも同じ構造を持っていた。複雑なオプション体系が「比較コスト」を上げ、契約変更を抑制していた。規制が入って料金体系がシンプルになった後、乗り換えが加速したのは偶然ではない。
複雑さは、時として既存の関係を守る機能を持つ。
「わかりにくい」は中立ではない
電気料金がわかりにくいことを、設計ミスと見る見方がある。
でも別の見方もできる。わかりにくい料金体系は、誰かに有利に働いている。変更のコスト(精神的なものも含む)が高いほど、現状維持の確率は上がる。乗り換えが起きないということは、既存の契約者が維持されるということだ。
直訳が意味を殺すように、過度な複雑さは選択を殺すことがある。
翻訳家が「壊すことで伝える」なら、料金体系を「わかりやすく壊して伝え直す」試みは、誰かの利益を損なうことになる。だから積極的には進まない。
「翻訳」を自分でする
電気料金を「翻訳」するためのシンプルな方法がある。
使用量が変わらないと仮定して、年間でいくら払っているかを計算する。そして同じ条件で他のプランに換算する。細かい係数は無視していい。大雑把でいい。「年間で1万円以上変わるかどうか」が判断の基準になる。
電気料金の仕組みを一度だけ理解すれば、比較のハードルは大きく下がる。完璧に理解する必要はない。大体の構造が見えれば、翻訳は十分できる。
直訳しなくていい。意味が届けばいい。