2026-05-12 ・ 電力会社選び
火山の麓に住む人は、火山を恐れていない
火山の麓に長く住む人は、噴火をあまり怖がらない。
これは勇気でも無謀でもない。心理学の研究が示す通り、リスクへの日常的な接触は「リスク感覚の麻痺」を引き起こす。火山が見える場所で毎日暮らしていると、その存在が「当たり前の景色」になる。噴火確率の話をされても、実感が伴わない。
「今まで何もなかった」は、「これからも何もない」の根拠にはならない。でも人間の感覚はそう判断しがちだ。
2022年、「まさか」が連続した
電力自由化後に登場した新電力が相次いで撤退・値上げを行ったのは、2021年から2022年にかけてのことだ。LNG価格の急騰と電力市場価格の高騰が重なり、「安い電力を仕入れて安く売る」というビジネスモデルが成立しなくなった。
撤退した会社の契約者の中には、「まさかうちが使っている会社が」と驚いた人が多くいた。
その驚きは、慣れの産物だ。電力会社の倒産や撤退は「抽象的なリスク」として頭にあっても、「自分の電力会社」については「大丈夫だろう」という感覚が働く。毎月請求書が届いていた。一度も問題がなかった。だから大丈夫、という理屈だ。
火山の麓に住む人の論理と、構造が同じだ。
慣れとリスクの関係
災害心理学では、「正常性バイアス」と呼ばれる認知の歪みが知られている。異常な兆候を「正常の範囲」として処理しようとする傾向だ。
これは悪い設計ではない。毎日あらゆるリスクに怯えていたら、人間は行動できない。「たぶん大丈夫」という判断は、日常生活を維持するために必要な省エネだ。
問題は、その省エネが働いてはいけない場面でも働くことだ。
火山の麓の住人が避難指示を軽視する、新電力の撤退リスクを「うちは関係ない」と思う――これらは同じ認知の構造から生まれる。慣れは「リスクの消滅」ではなく「リスク感覚の麻痺」だ。
「安定」と「安全」は別物
電力会社の選択において、「今まで問題がなかった」は重要な情報だ。でもそれは過去の話だ。
新電力の財務状況、電力調達の構造、固定費と変動費のバランス――これらは、外から見えにくい。消費者が判断できる情報は限られている。だから「今まで大丈夫だった」という経験則に頼りやすくなる。
ただ、少なくともひとつの問いは持てる。「この会社が安い理由は何か」という問いだ。
安い電力会社がなぜ安いのかには、いくつかのパターンがある。調達コストの低さ、マージンの薄さ、補助金の活用――どのパターンかによって、リスクの性質が変わる。
火山の高さを測らなくていい。でも、どの山の麓に住んでいるかくらいは、知っておいてもいい。
「大丈夫」の根拠を一度だけ確かめる
リスク感覚を鋭敏に保ち続ける必要はない。それは消耗する。
ただ、電力会社を選んだ時点から数年が経っているなら、一度だけ確かめてみる価値はある。「なぜその会社を選んでいるのか」という問いに、今も答えられるかどうか。
電力会社を変えない人が払っている放置コストは、思ったより大きいことがある。慣れが判断を止めているだけなら、一度だけ止まってみる価値はある。
火山は、噴火するまで静かだ。