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2026-04-08電力会社選び

地図が古くなっても、人は地図を捨てない

電力会社電力自由化乗り換え行動経済学新電力見直し

18世紀の航海士の話がある。

精巧な海図を持ち、それを信頼していた彼は、海図に記された航路を忠実に進んだ。海図には「ここは安全な水深」と書かれていた。しかし実際には、その海域は堆積物で浅くなっていた。海図が作られた数十年前の話だ。

船は座礁した。海図は正確だった。ただ、作られた時点においてだけ。

電力会社の選択は、この航海に似ている。


「選んだことがある」は「選んでいる」ではない

2016年の電力自由化以降、新電力に乗り換えた人は全体の約20〜25%(資源エネルギー庁の調査より)にのぼる。

問題は、その後だ。

「乗り換えたことがある」人に「直近で料金プランを見直したか」を聞くと、大多数が「していない」と答える。一度「選ぶ」という行為をしたことで、「その後の見直し」が免除された気になっている。

これは「既に地図を持っている」という感覚が、「地図を更新する」行動を阻害しているのに近い。地図を持っていない人は「地図が必要だ」と思う。持っている人は「もう持っている」と思う――たとえその地図が10年前のものでも。


決断の賞味期限

食品に賞味期限があるように、判断にも賞味期限がある。

2016年に「この新電力が最もお得だ」と判断したとする。その判断は、当時の料金水準・燃料費・競合プラン・自分の使用量をもとに下された。正しい判断だった。

ただし、その「正しさ」には有効期限がある。

  • 燃料費は2022年に急騰し、プランの有利不利が逆転した
  • 電力会社によっては料金改定が複数回行われた
  • 自分の使用量が変わった(転居・家族構成の変化・テレワーク化)
  • 乗り換えた会社が撤退・合併した

電力自由化の10年間で市場がどれだけ変わったかを振り返ると、「9年前の判断が今も有効」という前提がいかに危ういかがわかる。地図は変わっていないが、海底地形は変わった。


「選んだ」という記憶が「選び直し」を阻む

行動経済学でいう「埋没費用効果」――過去にかけたコストが、現在の判断を歪める――だけが問題ではない。

もっと根本的な認知のメカニズムが働いている。「選択した」という記憶が、「選択肢はまだある」という認識を消す。

研究によれば、人は「選択の完了」を認識した後、同じカテゴリの情報への注意が低下する。電力会社を一度選んだ人は、電力関連のニュースや料金情報への感度が下がる。「もう解決済み」という認知的なクローズが起きているからだ。

これが、乗り換え経験者の見直し率が低い理由の一つだ。「変えない人」より「一度変えた人」の方が、見直しをしない。

航海士も同じだった。海図を一度信頼して使い始めると、その海図を疑う動機が失われる。地図に書いてある通りに動いて問題なかった、という経験が積み重なるほど「地図が正しい」という確信が強まる。問題が起きるまでは。


どれくらい古い地図で動いているか

「前回、電力会社のプランを確認したのはいつか」――この問いに、多くの人は「よく覚えていない」と答える。

確認してみよう。

今契約している電力会社・プランを、次の観点で評価してみる。

① プランが今も存在するか 電力会社は料金プランを改定・廃止する。契約した当時のプランが今も最新のプランとは限らない。同じ会社の中に、より有利なプランが存在していることがある。

② 自分の使用量が変わっていないか 月の使用量が変わると、有利なプランも変わる。家族が増えた・在宅勤務が定着した・省エネ家電に買い替えた――こうした変化でベストプランは変わる。

③ 競合の状況が変わっていないか 安い新電力の構造的な脆弱性を知ると、「安さだけで選んだプラン」のリスクが見えてくる。あるいは逆に、今の方が乗り換え先に良い選択肢が増えている可能性もある。


地図を更新するとはどういうことか

古い地図を捨てる、ではなく「更新する」だ。

過去の判断を否定する必要はない。2016年の乗り換えが当時として正しかったとしても、それは「今も正しい」の根拠にはならない。それだけの話だ。

電力プランの見直しは、年に1回で十分だ。確認するのは3つだけ。

  1. 直近12ヶ月の使用量の平均
  2. 今の契約プランの料金体系(単価・基本料金・燃料費調整の仕組み)
  3. 同じエリアで今の使用量に近い条件での比較

電力会社を変えない人が損している金額と、その心理でも触れたが、「変えない」は選択だ。ただし、「変えないことを選んでいる」と「変えることを考えていない」は別だ。

古い地図を持ち続けることは悪くない。ただ「これは古い地図だ」と知っていて使うことと、「最新の地図だ」と信じて使うことでは、座礁のリスクが違う。


まとめ

電力会社を一度選んだ経験が、その後の見直しを阻む。これは「面倒くさい」よりも根深い、認知の構造の問題だ。「選んだ」という記憶が「選択肢はもうない」という錯覚を生む。

電力市場は動き続けている。9年前の判断が今も最適である保証はない。

地図は正確だ――作られた時点においてだけ。


電力会社の最後の見直しがいつか思い出せない場合は、今が見直しのタイミングかもしれません。使用量(kWh/月)を確認するだけで、比較の出発点になります。

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